
「学校に行かなくなってから、すぐ引きこもるようになりました」
お話ししてくれたのは、兵庫県在住のせっちゃん(38)。
小学5年生から不登校になった理由から、引きこもっていた頃の生活。
可能性に懸けた受験期から、「こだわらなくなった」いまの働き方についてお話ししてくれました。
全11回でお届けします。
画像:本人撮影
【もくじ】
#1「学校に行く意味はあるのか?」不登校と引きこもりになるまで
#2「9時間、天井を眺めてた」小学生引きこもり生活
#3「親に対して、できることをしていきたい」家族と向き合うきっかけ
#4「どこかに所属したい」勉強と向き合った入学試験
#5「バカにしてきた奴らを見返したれ!」突き進んだ高校生活
#6「社会人になっても働けそう」自信がついた大学生活と初バイト
#7「楽しさを見出せた」念願の就職とリーマンショック
#8「倒れて気付いた」好きな仕事で体を壊した理由
#9「未練は全くなかった」やりたいことを優先できる転職法
#10「キャリアアップはしんどい」上を目指さない今の生活
#11「理解しているつもりだった」引きこもりの時、母がしてくれたこと
#3
「親に対して、できることをしていきたい」
家族と会話を始めたきっかけ
お母さんと何があったんですか?
2人でリビングにいたんですけど、
父の趣味で大きなコンポがあって。
私がキレて、
そのコンポのスピーカーを
母にぶん投げてしまった。
ええ!
コンポが母の耳に直撃して、
目の前で倒れて・・・
それを見た父が
救急車を呼んでくれて。
大変だ。
結果、母の鼓膜が破れて、
片耳が聞こえなくなってしまった。
その時に、
「自分は何てことをしてしまったのか」っていう。
うん。
落ち込んだっていうか、
ものすごい恐怖心が出てきました。
自分が、恐ろしかったです。
そうなりますよね。
で、両親に病室に呼ばれて。
まず母から、
「こういうことをされるのは
正直きつい、厳しい」と。
はい。
「でもね、
こういうことがあったとしても、
自分たちの大切な子であることは変わらない」
っていうこと言ってくれて。
「私の鼓膜が破れたことを
負い目に感じないでほしいし、
それを理由にこもり続けなくてもいい。
ただ、
自分の人生を生きていくにおいて、
今の状態っていうのは変えないけないよ。
親としては、そう思う。」
っていうことを言われて。
お母さん、すごいです。
やってしまった直後ですし、
その時には
自分の気持ちも落ち着いてたので。
母の言葉がすんなり入りました。
うん。
その、
学校に行く行かない、とか
家から出る出ない、も一旦置いといて。
とりあえず、
親子関係の修復というか。
その、親に対して、
できることをしていきたい
って思いました。
すごい。
気持ちが変わるきっかけですね。
でも、本当にちょっとずつですよ?
朝起きる時間を同じぐらいにする、とか
母がお皿を洗ってたら
となりで洗い終わったお皿を拭く、とか。
おおお。
それで、
本当にちょっとずつなんですけど、
知ってる人がいない時間帯に
親と一緒に外に出てみたり。
近所の公園に行ってみたり。
すごいです。
筋力の衰えって、
すぐ戻るものでもないじゃないですか。
そうですね。
当時冬でしたけど、
最初は歩いて5分の公園に行くだけで、
汗だくになってました。
でも、それだけの距離でいいから
毎日やってみようって。
うんうん。
続けて1週間くらいですかね、
汗だくにならなくなりました。
じんわり汗をかくくらいになって。
息が上がらず、
公園に行けるようになるまで、
1ヶ月はかかりましたね。
おおー。
あとは食事を、
親と一緒の時間に合わせたり。
布団の中にいる時間も
減らしていきました。
食べてる間は、
少なくとも寝てるわけじゃないので。
すごいです。
ちなみに引きこもり中って、
親との会話も完全に断ってましたか?
そうですね
ほとんど断ってました。
その状態から、
親子で「これから頑張っていこう」って
なった後の日々の会話って、
どんな感じなんだろうなと思って。
ああ、そうですね。
ギクシャクしてたかって言ったら、
あんまりしてなかったです。
え、意外です。
元々、ひきこもる前から
親子関係が悪かったわけではないのでね。
そっか!
ほんとですね。
それだけ、学校の出来事が
とても辛かったっていう感じです。
当時の先生からしたら、
何か信念があったのかもしれないけれど。
うんうん。
それがキッカケで、
家族関係もフリーズしてしまった。
っていうのが、
今になって思うところです。
なるほど。
親子関係が改善されて、
少しずつ体力もついてくると
どういう気持ちの変化がありましたか?
やっぱり、学校というか、
どこかに所属したい気持ちが出てきました。


