「学校に行かなくなってから、すぐ引きこもるようになりました」
お話ししてくれたのは、兵庫県在住のせっちゃん(38)。

小学5年生から不登校になった理由から、引きこもっていた頃の生活。
可能性に懸けた受験期から、「こだわらなくなった」いまの働き方についてお話ししてくれました。

全11回でお届けします。

画像:本人撮影

#3
「親に対して、できることをしていきたい」
家族と会話を始めたきっかけ

2人でリビングにいたんですけど、
父の趣味で大きなコンポがあって。

私がキレて、
そのコンポのスピーカーを
母にぶん投げてしまった。

コンポが母の耳に直撃して
目の前で倒れて・・・
それを見た父が

救急車を呼んでくれて。

結果、母の鼓膜が破れて、
片耳が聞こえなくなってしまった。

その時に、
「自分は何てことをしてしまったのか」っていう。

落ち込んだっていうか、
ものすごい恐怖心が出てきました。

自分が、恐ろしかったです。

で、両親に病室に呼ばれて。

まず母から、
「こういうことをされるのは
正直きつい、厳しい」と。

「でもね、
こういうことがあったとしても、
自分たちの大切な子であることは変わらない」
っていうこと言ってくれて。

「私の鼓膜が破れたことを
負い目に感じないでほしいし、
それを理由にこもり続けなくてもいい。


ただ、
自分の人生を生きていくにおいて、
今の状態っていうのは変えないけないよ。
親としては、そう思う。」


っていうことを言われて。

やってしまった直後ですし、
その時には
自分の気持ちも落ち着いてたので。


母の言葉がすんなり入りました。

その、
学校に行く行かない、とか
家から出る出ない、も一旦置いといて。

とりあえず、

親子関係の修復というか。

その、親に対して、

できることをしていきたい
って思いました。

でも、本当にちょっとずつですよ?

朝起きる時間を同じぐらいにする、とか
母がお皿を洗ってたら
となりで洗い終わったお皿を拭く、とか。

それで、
本当にちょっとずつなんですけど、

知ってる人がいない時間帯に
親と一緒に外に出てみたり。

近所の公園に行ってみたり。

そうですね。

当時冬でしたけど、
最初は歩いて5分の公園に行くだけで、
汗だくになってました。

でも、それだけの距離でいいから
毎日やってみようって。

続けて1週間くらいですかね、
汗だくにならなくなりました。

じんわり汗をかくくらいになって。

息が上がらず、
公園に行けるようになるまで、
1ヶ月はかかりましたね。

あとは食事を、
親と一緒の時間に合わせたり。
布団の中にいる時間も
減らしていきました。

食べてる間は、
少なくとも寝てるわけじゃないので。

そうですね
ほとんど断ってました。

ああ、そうですね。

ギクシャクしてたかって言ったら、
あんまりしてなかったです。

元々、ひきこもる前から
親子関係が悪かったわけではないのでね。

それだけ、学校の出来事が
とても辛かったっていう感じです。

当時の先生からしたら、
何か信念があったのかもしれないけれど。

それがキッカケで、
家族関係もフリーズしてしまった。
っていうのが、
今になって思うところです。

やっぱり、学校というか、
どこかに所属したい気持ちが出てきました。