
「学校に行かなくなってから、すぐ引きこもるようになりました」
お話ししてくれたのは、兵庫県在住のせっちゃん(38)。
小学5年生から不登校になった理由から、引きこもっていた頃の日々。
可能性に懸けた受験期から、「こだわらなくなった」いまの働き方についてお話ししてくれました。
全11回でお届けします。
画像:本人撮影
【もくじ】
#1「学校に行く意味はあるのか?」不登校と引きこもりになるまで
#2「9時間、天井を眺めてた」小学生引きこもり生活
#3「親に対して、できることをしていきたい」家族と向き合うきっかけ
#4「どこかに所属したい」勉強と向き合った入学試験
#5「バカにしてきた奴らを見返したれ!」突き進んだ高校生活
#6「社会人になっても働けそう」自信がついた大学生活と初バイト
#7「楽しさを見出せた」念願の就職とリーマンショック
#8「倒れて気付いた」好きな仕事で体を壊した理由
#9「未練は全くなかった」やりたいことを優先できる転職法
#10「キャリアアップはしんどい」上を目指さない今の生活
#11「理解しているつもりだった」引きこもりの時、母がしてくれたこと
#1
「学校に行く意味はあるのか?」
不登校と引きこもりになるまで
今日はありがとうございました。
いえいえ、こちらこそ。
せっちゃんと知り合ってから・・・5年?
そうですね。
正直、せっちゃんのイメージが
不登校より、引きこもりの印象が強くて。
わかります。
不登校きっかけで引きこもりになったのか、
引きこもりの結果、不登校になったのか、
どっちが先ですか?
そうですね、
やっぱり学校に行かなくなってから
結果、家にこもるようになった、
っていう順番が正しいかなと思います。
ー
その、
小5で学校に行かなくなるまでの
過程というか・・・
「行かない」って決めた
きっかけは何だったんですか?
んー、
結論からいうと、
自分が良いと思って
やっていたことが、
学校側はそうではなかった。
そういうことを
すごく思うようになった、
っていうのがありますね。
具体的に、
どういうことがあったんですか?
小学校に入る前の話になるんですけど、
私が4,5歳の時に
鮮明に覚えている記憶があって。
はい。
当時、母方の叔母が、
お手伝いさんとして働いてたお家があって。
そのお家に、
母と私はよく遊びに行ってたんです。
へぇー!
めずらしいですね。
当時の私からすると、
応接間みたいなところで
大人たちはお茶して喋ってるだけ。
けっこう暇なんです。
うんうん。
たぶん、仕事関係の人が
よく出入りする部屋だったので、
漫画とか、おもちゃもなくて。
部屋にあったのは、
日経新聞とか四季報みたいな
堅苦しい読みものだけ。
それは退屈ですね。
何もしないのも暇なので、
それをパラパラめくってたんですよ。
書いてる意味も分からないし、
ほんと、
ただめくってただけなんですけど。
うんうん。
そしたら、周りの大人たちが
すごく褒めてくれた(笑)
「まだ子どもなのに
そんなものが読めるのか!すごいな!」
って(笑)
いいですね(笑)
その時に、
「これを読めば大人から褒められる」
っていう感覚を覚えてしまって(笑)
小学1年生の時、
教室で同じことをしたんです。
どういうことですか?
「四季報を貸してほしい」
って奥様に頼んで、
学校でそれを読んでみようと思ったんです。
ほほー!
そしたら、先生からも
褒められるんじゃないかと思って(笑)
でも、休み時間に読んでみたら、
すごく怒られました。
え?
それは何で?
今でこそ、株とか投資に
悪いイメージってないですけど、
当時は、
株をやってる=金持ちの博打
みたいなイメージが強くて。
そうなんですね。
だから先生に、
「なんでそんなの読んでるんだ!」って
かなり怒られた記憶があります。
その時、親御さんからは
何か言われましたか?
両親からは特に。
私が学校で怒られた話をしても、
「本当に株をやってるわけでも
ないから、いいのにね」
って容認してくれてました。
じゃあその後、
学校で株の本を読むこともなく?
読んでないですね。
でも、
株式とか証券とか。
そういったものに対しての
興味は、ずっとありました。
それが小5で不登校になった
キッカケに繋がるんですけど。
うんうん。
株とか何もわからないけれど、
小5の夏休みの自由研究で、
「任天堂の株価を調べよう」
って思ったんです。
へぇー!
今はインターネットで調べれば
リアルタイムで出てくるんですけど、
当時はそんなのなかったんで。
大阪の証券取引所に
朝8時くらいの電車に乗って、
毎日通ってました。
オープンする9時から、
閉まる15時まで。
大冒険じゃないですか!
(笑)
親は「気をつけて行ってきや」みたいな感じで。
お小遣いを貯めて、
回数券カードみたいなのを買って行ってました。
証券取引所に行って、
何を調べてくるんですか?
あんまり覚えてないですけど、
スタートの値段がこれくらいで、
終わりはどうなったか、みたいなのを
折れ線グラフにした記憶があります。
それを模造紙に書いて。
すごいなぁ。
小5が作ったわりには、
クオリティ良かったと思うんですけどね(笑)
絶対そうですよ!
でもね、
自由研究を親御さんに見てもらう発表会で、
私の自由研究だけが展示されなかったんです。
「ギャンブルを助長させるんじゃないか」
っていう理由で。
えぇ!
今思えば、
"あの時の努力は無駄じゃない"
って思えるんですけど。
うんうん。
学校で、
ここまで認めてもらえない、
っていうのは、
まぁまぁきつかったです。
で、
「なんで認められないだろう」とか
「自分と他の子で何が違うんだろう」とか
「どこか違うから自分はダメなんだ」
って考え出したら・・・
うん。
そっから先は早かったですね。
学校に行けなくなって、
部屋から出られなくなるまで。
期間でいうとどれくらい?
えっと、
9月の中旬に展示の発表会があって、
そこで自分だけ出してもらえない
ことがわかって。
9月20日ぐらいだと思います、
実際に行けなくなったのは。
そうかあ。
親御さんには、
「学校に行きたくない」って
どう伝えたんですか?
ちょっと言いづらかったので、
最初は「体調が悪い」って言いました。
でも、
何日も続いていくと「どうした」って。
「行きなさい」っていうよりは、
「大丈夫?」みたいに聞いてくれてました。
でも、その頃には、
親とも話したくなかった状態で。
うんうん。
で、
自分の部屋から出られなくなった、
そういう流れですね。
すごい。
なんか、急降下?
そうですね。
すごい急降下です。
先生だけじゃなくて、
親も全てシャットアウトしたくなったのは、
せっちゃんの中で
どういう感覚だったんでしょう?
多分なんですけど、
小1で「そんなもん学校で読むな」
って怒られて、
はい。
その時から、なんかね。
ジワジワと、小さくダメージを
受けてたんじゃないかなと思います。
小5まで。
うんうん。
授業を受けたり、
友達と遊んだりっていうことは
楽しかったです。
でも、どこかでね。
小1の事件が、
頭にずっとあったと思うんです。
だからこそ
「やっぱり、やってみたい」って
頑張った自由研究で、
うん。
「ダメだった」っていうか、
発表の場をもらえなかったっていうのは、
やっぱ決定的で。
腹立ちというか、
悲しみみたいなのもあったり。
うんうん。
だから、
「これからも学校に行く意味はあるのか?」
ってところまで思ったんだと思います。
そうかー。
小5の年頃って、動かない方が
むしろストレスというか・・・
そうだと思います。
活発に動きたい・遊びたい時期に、
せっちゃんは心のシャッターを
下ろしたわけですよね。
はい。
それは、
急に一歩も出ないって感じですか?
そうです。
「もう無理」って思った日から
引きこもり期間はどれくらい?
部屋から一歩も出れなかったのは、
2年間かな。
その間、部屋で何をしてたんですか?


