「将来の夢なのに、恥ずかしくて人に言えなかった」
お話ししてくれたのは、千葉県在住のしくしくさん(25)

小さい頃から父と追いかけたプロ野球選手の夢。
野球部で経験した挫折と、それを支えてくれた家族や先生。
コロナ禍の就職活動から、思いもしなかった今のお仕事について、お話ししてくれました。

全10回でお届けします。

画像:本人撮影

#3
「今は耐えろと言われてた」
親の葛藤と変化

今になると、
不登校も全部いい思い出というか
いい経験になりましたけど。

本当は、プロ野球選手を目指さずに、
楽しく野球をすれば良かったんです。
でも、そこまで割り切れてなかった。

中学に上がると、
ずっとソフトボールとか、
野球を続けていた子たちと合流するので、
やっぱり上手い方にはなれないんですよね。

僕は途中で怪我もあったりして。
どんどん理想と離れていきました。

でも、色々やったんです。

世の中の野球部員が
どうしてるか知らないですけど、
部活が終わってから
お父さんと一緒に走って、
素振りを100、200回して。

夜でも練習出来るライトと
ティーボールと200球を買ってもらって、
打ったりとかしたんですけど、ね。

それでも、上手くならなくて。

親は、かなり葛藤してたと思います。

始め徐々に行かなくなった時期は、
僕に「行け」って促してました。


THE 九州男児 みたいな父親なので、
「泣いてて情けない」とか。
僕が2月生まれで身体が小さめだから
「今は耐える時期だ、絶対伸びる」って
言われてました。

でも、本格的に休みだしたら
そんなこともなくなって。

そうですね。
大人になってから、
「あの頃どう思ってた?」って聞いたんですよ。

中2の試合でエラーしたあたりから、
僕の行動が荒れてきたと思ってたみたいで。

それで母が、
「息子の様子がおかしいから
まずは私達が話を聞きに行こうよ」って
父を説得してくれたみたいで。

一緒に精神科?心療内科?の病院に行って、
そこから父は考えが変わったみたいです。

(笑)
その病院の先生に、
『まず親が変わらないと
子どもは変わりませんよ』って
言われたみたいで。

で、『目の前にいる息子さんは
14歳ではなく、3歳と思って接しなさい』
と言われたらしく(笑)

始めは「親が悪い」みたいに言われて、
すごい納得できなかったみたいなんですけど、
『3歳の息子だと思って接しなさい』って言われた時に
そういえばやたら付いてくるな、とか(笑)
すごく話しかけてくるな、って思ったらしくて。

僕は3歳だったつもりはないですけど(笑)

親は妙に納得できたみたいで、
そこから甘やかしたり、
一緒にいる時間の方が大事なんだなって
思うようになったって。

それがきっかけで、ドライブ行ったり、
「休んでてもいいよね」って思ってくれる
ようになったんじゃないかなって。

そうですね。