「将来の夢なのに、恥ずかしくて人に言えなかった」
お話ししてくれたのは、千葉県在住のしくしくさん(25)

小さい頃から父と追いかけたプロ野球選手の夢。
野球部で経験した挫折と、それを支えてくれた家族や先生。
コロナ禍の就職活動から、思いもしなかった今のお仕事について、お話ししてくれました。

全10回でお届けします。

画像:本人撮影

#2
「自分が惨めで苦しかった」
自信が持てなかった理由

(笑)

そうですね。
僕が思う、自分が不登校になった理由って、
『自分の理想と現状のギャップ』なんですよ。

幼い頃から父に、
「プロ野球選手になってほしい。」
って言われていて。

僕も自分の意思で
プロ野球選手を夢見てたと思うんですけど、
子どもながらに「お父さんが喜ぶから」とか、
思ってたかもしれない。

それで、小1からソフトボールを始めて。
でも、お兄ちゃんがいる友達とか、
同じ年でもめっちゃ上手い子がいるんですよね。

その上手い子は、
幼稚園から一緒だったんですけど、
幼稚園の園内野球の時から、
ホームランを出したり。

なので僕は、5歳6歳で
挫折というものを知ったんですけど(笑)

で、ソフトボールを始めてみたものの、
あんまり上手くなかったり、
体が小さいのもあったりして。

ソフトボールも、
練習のノリは野球と変わらないので、
「できてねぇーぞ!」とか言われるのが
耐えられなくて、1年くらいで辞めたんです。

当時は、僕に無理やり付き合わされて
姉もソフトボールをやっていて。
姉が「辞めたい」って言った時に、
一緒に辞められた感じですね。

で、僕は晴れて
ソフトボール辞めるじゃないですか?

野球と関係ない人生になるはずなのに、
僕の将来の夢は、
「プロ野球選手」のままなんですよ。

(笑)
親父も、僕がそう言うもんだから
プロ野球選手の夢を諦めきれなかったんでしょうね。

もう野球やってないのに、
小4年、5年生くらいから
「中学校から始めればまだいける」みたいな感じで、
お父さんと夕方キャッチボールしたり、
家で素振りとか、ランニングしたりしてました。

野球もソフトボールも習ってないけど、
「僕の将来の夢はプロ野球選手なんだ」
っていう、謎の時期がありました。
でも、子供ながらに
理想と現実のギャップがわかってるんですよね。

クラスで将来の夢を書く時に、
ソフトボールをやってる4番エースの子が
「プロ野球選手」って書いてる横で、
自分も「プロ野球選手」って書くけど、
恥ずかしいから見せられない。

その辺から、もう、
理想と現実がちぐはぐになっていて。
それがずっと積み重なってきちゃって。

そんなときに、
父の知り合いからの紹介で、
小6から少年野球を始めたんですよ。
その時だけ、一番楽しく野球やってました。

小6から始めてるけど、
元々キャッチボールとかちゃんとやってたし、
6年生になると身体が大きくなってて。

あんまり強くないチームだったっていうのもあって
入りたてでも試合に出させてもらえて、
難しいことを考えずにできました。

ようやくそこで、ギャップが解消されて、
晴れて「プロ野球選手って書ける!」みたいな。

すごい楽しくやってましたね。