「これ以上嫌われたくなかったんです」
お話ししてくれたのは、関東在住のななさん(30)。

小学6年生で不登校になってから、試みた学校復帰と挫折。
通信制高校から看護師になった経緯や、公立中学校の養護教諭として働く現在についてお話ししてくれました。


全10回でお届けします。

画像:本人撮影

#1
「学級崩壊が忘れられない」
小6で心が折れた光景

小6の2月からです。
といっても、
その前から違和感はあって・・・


小5のクラスが
学級崩壊しちゃったんですよ。

ある男子がいて、
元々すごい真面目な子だったんですけど、
先生が気に食わなかったみたいで、
授業妨害みたいなことをし始めたんです。

結局、授業が成立しなくなっちゃって。

でも、途中から担任が変わったんですよ。
ベテラン先生になって
落ち着いたんですけど、
小6に上がっても
教室の騒がしい感じは変わらなくて。

何でしょうね、
自分の価値観が壊れたのかな?

元々、学校は、
「ちゃんと勉強するところで、
友達同士も、先生とも仲良しで、
先生の言うことは聞くもの」
って思っていたけど、
それが崩れちゃったっていうか。

学級崩壊した時の光景が、今も残ってて。

そうですね、
先生にすごい反発して、
教室がうるさい環境になって、
先生も泣いてる、みたいな。

それが結構ショックでした。
「これは何なんだろう」っていう
疑問?疑念?が、
小6になっても残ってました。

あと、単純にうるさい環境も苦手でした。
「自分は地味に勉強したいのに」
っていう思いもあって。

それでも仲良しなんですよ?
クラスで揉め事とかはなくて、
みんな先生が好きだったし。

そうなんです。
で、私の根が真面目だったので(笑)
「良いクラスで卒業したい」と思って
小6の3学期は学級委員になって。

うるさい子がいたら注意とかしてました。
だから、賑やかな男子には煙たがられて、
ちょっと嫌なことも言われるようになって。

その辺りから、
お腹が痛くなることが増えてました。

2月の不登校につながる感じです。

きっかけは、縄跳び大会で。

担任の先生が
けっこう体育会系な感じで、
「記録更新を目指そう」って、
クラスで残って練習してたんですよ。

その日、私はお腹が痛くて
見学してたんですよね。
あとになって、
その腹痛が過敏性腸症候群だった
ってことがわかるんですけど。

2人1組になって、
1人飛んで、片方が数を
数えていたんですけど。

私が見学してたら、
友達のペアが記録更新するくらい
飛んでたんですよ。

最後に1人だけ飛んでるから、
周りのみんなもめっちゃ注目してて。
でも、数えるはずの子が
数えてなかったんですよ!(笑)

だから先生も怒っちゃうんですよね。
「せっかく記録更新してたのに」って。

そしたら、
なぜか私も急に怒られて。

今でも、何で怒られたのか
よくわかってないんですけど、
たぶん、見学してた私も
数を数えなきゃいけなかったみたいで。

それで、みんなの前に出されて
すごく叱られる、みたいな。

まぁ先生も怒って当然なんですけど。
私はそれがすごくショックで。

そのまま泣いて帰って、
次の日から
行かなくなったっていう。

私、先生がすごく好きだったんですよね。
「私がクラスを良くしようと
こんなに頑張ってるのに、
なんで先生は分かってくれないんだ!」
っていう、不信感というか・・・
怒られたことよりも、
「先生は分かってくれてないんだ」
っていうことがすごいショックでした。

そうですね
力尽きたって感じですね。

そうですね、
むしろ一緒に怒ってくれて。
「そんなの行かないでいい」って
言ってくれました。