
「このまま行くと絶対おかしくなる」
お話ししてくれたのは、埼玉県在住のふくのりさん(46)。
中1で襲った原因不明の症状。
周りに恵まれるも、孤独に突き落とされたキッカケと、乗り越えた先で見えたもの。
「いまが充実しています」と言えるまで、経験したお仕事についてお話ししてくれました。
全9回でお届けします。
画像:本人撮影
#2
「このまま通うと絶対おかしくなる」
苦しかった行き渋り
私は「学校に行けない」と思った日から
全く通わなくなったタイプなので、
行き渋りの感覚がわからなくて・・・
どういう通い方だったんですか?
我慢して行ってました。
でも、学校から帰ってきたら
ものすごく疲れてました。
なんか、
修学旅行に丸3日間行って
帰ってきたような疲れで。
それを1日で体感しているみたいな。
わかりやすい!
最初は頑張って通ってましたけど、
やっぱり無理だと思って。
「二学期まで休みたい」って親に言って、
それで気持ちが楽になった感じですね。
流れを聞いていると、
ふくのりさんの意思で
「行く・行かない」を決められていて、
親御さんはいつも寄り添ってくれているように感じます。
実際はどうでしたか?
そうですね、
寄り添ってくれていたと思います。
あとから母親に聞いたら、
『あの時は学校から帰ってくると
死にそうなくらい疲れて帰ってきてた。
だから行かせる方が苦しかった。』
って言ってました。
あぁ。
『本人が「頑張って行く」
って言うから学校に行かせてたけど、
本当に心配で、通い続けて
大丈夫かなって思ってた。』
と言っていたので、
僕のことを見てくれたんだろうな
っていうのは、すごくありますね。
すごい、素敵ですね。
じゃあ一学期はまるまる休むって決めて、
二学期から行ったんですか?
そうですね。
夏休み中は、頻尿の意識が
薄くなってたんですよね。
「前よりは良くなったはず」と思って。
で、学校に行ったんですけど、
教室の中に入ると、やっぱり不安になって。
うんうん。
「ここから出たい。出るにはトイレだ」って
結びついちゃって、トイレに行きたくなって。
「やっぱり無理だったな」って思いました。
そこからまた、行ったり行かなかったり。
なるほど。
頑張って行こうとしていたのは、
ふくのりさんの中で、
どういう葛藤があったんですか?
当時は常に、自分自身に
プレッシャーをかけてたので、
「学校に行かない」よりも
「一学期だけは行かない」とか、
「二学期は頑張って三学期は休もう」って
ずっと学校に行こうと思い続けてました。
頑張って行くことで、
逆に「この期間は休んでもいい」
っていう区切りを
自分の中でつけてたんだと思います。
なるほど。
学校に行かない期間は
どういう過ごし方をしていたんですか?
初めて1、2ヶ月休んだ時は
ほとんど寝てましたね。
朝10時くらいに起きて、
1、2時間過ごしたらまた寝る、
起きてご飯を食べたら寝る、
って感じで、
ほとんど寝てた記憶しかなくて。
とにかく、体と精神的な部分を
しっかり休ませていたと思います。
昼夜逆転はしてました。
みんなが学校に行ってる時間に
起きてるのは辛いので。
でも、近所に祖父母が住んでいたので、
何かあったらそっちに逃げれるというか。
いいですね。
体が元気になってきた時に、
「ちょっと動きたいな」とか、
「何かやってみたいな」と思ったら、
祖父母の家に行って、
「鳥小屋を作りたい」って言って、
すごく大きな鳥小屋を
おじいちゃんと一緒に作ったりしました。
最高ですね!
あと、母方の祖父母だったので、
母親が自分のことで悩んだ時に行って、
相談とかしてたので、
すごく、環境的に良かったなと思ってます。
いいですね。
あと、一応塾にも通っていたので。
不登校になる前から?
そうです。
そこはしっかり勉強を教える、っていうより、
友達とワイワイ楽しみながら勉強する、
みたいなところで。
良いじゃないですか!
そうなんです。
僕が学校に行ってなくても、
塾の友達とはギスギスせず、
変わらず接してくれたんですよね。
すごい!
めちゃくちゃいい環境ですね。
そうなんです、
いい環境だったんですけど。
中学2年生の4月に引っ越しちゃったんですね。
父親の転勤で。


