
「これ以上嫌われたくなかったんです」
お話ししてくれたのは、関東在住のななさん(30)。
小学6年生で不登校になってから、試みた学校復帰と挫折。
通信制高校から看護師になった経緯や、公立中学校の養護教諭として働く現在についてお話ししてくれました。
全10回でお届けします。
画像:本人撮影
#2
「これ以上嫌われたくなかった」
教室に戻ったワケ
心がポキっと折れて、
「学校に行きたくない」気持ちから
すぐに別室登校しだすって・・・
結構きつくないか?と思ってしまいます。
別室登校は、どういう経緯だったんですか?
まず、先生が家に謝りに来てくれた時に、
泣いた理由を言うわけですよ、
「先生に怒られたのが嫌だった」って。
先生は謝ってくれました。
そしたら、
この出来事自体は
解決するじゃないですか。
はい。
当時の時代背景的に、
「不登校は改善するものだ」みたいな
考えがあったので、
「じゃあ先生と仲直りできたから行けるよね?」
っていう話になるんですよ。
わぁ。
もちろん、
それで「行く」とはならないので、
私が次に行った理由が、
「クラスがうるさいのが嫌だった」
みたいなことを言うんですね。
うん。
「だったら、別室なら来れるよね?」
みたいな話になっちゃって(笑)
うぅー!なるほど(笑)
別室登校して、非常勤の
スクールカウンセラーさんと
お喋りしてました。
で、私の地域は
中学を選択制で選べたので。
いいですね。
そうなんです、
学区外の中学を選んでいたので、
残り時間を平和に過ごせればいいと
思ってました。
でも、卒業のラスト1ヶ月で、
周りの大人たちが、
なんとか私を教室に行かせようと
試行錯誤するんですよ(笑)
きついなー(笑)
私の中では、
「もう行かない」って決めてて。
「中学校からやり直すんだ」っていう風に
自分の中で切り替えていたので。
周りから何いわれても頑なだったんですよね。
そうなりますよね。
そしたら、
スクールカウンセラーさんに
怒られてしまって(笑)
うー!きつい!
「甘えるな」「逃げるな」と。
「ちゃんとクラスの子達と
話し合って、卒業式にでなさい」
と主張されてしまって。
で、私のその頃の気持ちとしては、
嫌われたくなかったんです。
色んな人に。
でも、自分が学校に行かないことで
結構いろんな人を困らせちゃったり、
暗いムードにさせちゃったんで。
「これ以上嫌われたくない」っていう思いが強くて。
あと、スクールカウンセラーさんに
怒られたのがすごいショックで。
うんうん。
「この人にも嫌われちゃったんだ」
みたいな気持ちでした。
で、もう一回聞かれるんですよ、
「クラスの子と会わない?」って。
それで、保健室登校してたんですけど、
保健室にクラスメイトが全員集まるんですよ。
ちょっとドラマみたい(笑)
そうそう(笑)
私とスクールカウンセラーさんが
2人で並んで、
クラスの子達がバーって前に立って。
何が起こるかっていうと、
一人一人の謝罪が始まるんですよ。
・・・すごい経験ですね。
いやー、時代ですよね。
一人一人、泣きながら謝るんですよ。
「辛い思いさせてごめんね」みたいな、
「うるさくしてこめんなさい」とか。
純粋ですもんね、年齢的にも。
その中で、もちろん納得しない子も
いるわけじゃないですか。
「別に私は関係ないし」っていう。
そういう子は謝らないんですよ。
うん。
そしたら、担任の先生が
「謝れよ!」って罵声が飛び交うみたいな。
おぉ・・・
クラスの全員が謝った後に、
もう一回聞かれるんですよ。
「教室に戻らない?」って。
もう、嫌って言えないですよね(笑)
いやー、すごいとしか言えない(笑)
まぁ、2005年くらいは
「引きこもりは外に出そう」とか、
そういうの流行った時代なんで。
これが普通だったんですよね。
それで、結局教室に戻ったんですよ。
嫌って言えないまま。
一応卒業式もみんなと出て、
ちゃんちゃんでお終いです。
めちゃめちゃ強烈ですね、
その経験。
そうですね、
今でもその光景は残ってますね。
いやー、恐ろしいです。
思えばね。
今の時代、こんなことは
もう起こってないと思うんですけどね。


