「姉がうらやましくて行かなかったわけじゃない」
弟のユート(30)に、生まれて初めて当時のことを聞きました。

小学1年生から4年生まで不登校だった理由や、高校で経験した部活の厳しさ、
転職を繰り返す中でみつけた、自分の"ちょうどいい仕事"について話してくれました。

全9回でお届けします。

画像:本人撮影

#5
「楽な道を選び過ぎた」
大学中退して、選んだ仕事

あの頃って、 
就職氷河期って言われてた時なんよね。

俺の1個上の学年で、
進学と就職の比率が6:4になってた。 
商業高校なのに。 

で、俺が3年になると、
市外とか、偏差値高い商業高校とも
就職先が被るようになってて。
ほんと、行く先がなかった。

商業高校に入った時は、
働こうと思ってたけど、
さすがに妥協した会社に入るのは
違うなと思って。

そう。

指定校推薦が通ったのと、
高校の先輩が行ってたのもあって、
神戸の大学にした。

俺としては、就職するのを
ただ延長したかったっていうだけかな。
 

単純に、単位が足りなかった。

うん。 

あの時はもう、楽な道を選び過ぎたよね。 

出席しなくてもいい授業を覚えて。
行ってないから、
テスト受けても結局わからん。
 

んーっと、
4年生大学は、基本自分で授業を選べます。

出席したことを考慮してくれる先生がいれば、 
提出物とテストだけで判断する先生もいます。

それを知った時に、 
「出席しなくていいんだったら遊べるやん」
って思えば思うだけ、そっちにいっちゃう。

だから俺でいうと、
やっぱ楽を覚えてしまったんやな。
 

いや。
っていうよりは、やっぱ単純に
勉強が好きじゃなかったんだと思う。 

大学は、やることを
ちゃんとやってなかったから
「まぁそうなるよね」ってだけかな。

えっと、
学年の半期ずつで成績が出るんだけど、 
3年の前半を終えた時点で、
「ここからは、一授業も落とせません」
っていう状態になって。

なのに、
即効で落ちた授業があったんよ、確か。

で、「もう無理だよね」って。

留年が確定した時に、
まあ、母と約束してたから。

「留年したら岡山に帰る」って。


だから、
「終わったな」って感じ。 

うん。

いや、
当時神戸で付き合ってた彼女もいたよ。
急だったし、
もうめちゃくちゃだった。

でも現実さ、

神戸でやっていけれないから。
奨学金も貰えなくなるし。

だから実家に帰るしかなかった。

いや、すぐは全然働いてない。
たぶん1ヶ月はプーだったと思う。
 

そう。
別に、何も決まってなかった。

そうねー 。
あん時はやっぱ、
中退を大ごとだと思ってなかった。

 「やっちゃった」くらい。
年を重ねてから後悔したこともある。 
やっぱ高卒だし。 

でも、30になってからは
「別にどうにでもなるな」と思ってる。 

大学中退の良し悪しは、
たぶんその時の状況で変わってるかな。

うん。

たぶんね、それくらい。

一瞬だけ、
引っ越し屋の仕事したけど、
それは2・3日で辛すぎて辞めて。 

で、家から通えて、
時給高いところを携帯で探して。

ドンレミーのお菓子工場で働き出したかな。

1年はいなかったと思う。
半年以上1年未満とか、覚えてないけど。

まぁ、ライン作業だからつまらんかった。

なんだろう、
マクドナルドとか
大学はアパレルでバイトしてた分、
お客さんと関わりがないから、
面白みがないって感じ。

そう 。

きっかけというか、
焼肉屋のバイトの紹介を貰って。

そこで働くから、
工場は辞めたって流れ。

仲いい人からの紹介。

岡山にいた時、
よく通ってた古着屋があって、
そこの店長と仲良くて、
その人が仕事を紹介してくれた。